主催者を見送るためのパーティーに参加した8月のこと、振る舞われた甘いお茶のなかに香る青々としたえぐみを思い出して、舌の後方が痺れ唾液が分泌される。回想するたびに余計な事柄、たとえば谷中の家のよくわからないカーペットの柄だとか、オレンジ色のデニムのこと、並べられた二つのコップは水垢が全くなく磨き上げられていたことだとか、そういうことがあまりに鮮明に焼き付いているものだから、本当に探しているものは見つからない。籠原行きの特急、先頭車両で立っている。足裏が痛い。扁平足グリップなんぞ役に立たなく、逆に土踏まずをこれでもかというほど圧迫する。渋谷駅は大体よく濡れていて、黒っぽい塵と埃がぺったりと溜まっているのを、一体どれほどの人が気にしているのだろうか。右手に数取り器を持ち、通行量調査のように階段に座り込んでぼうっと夢想する。そのまま転がり落ちて、ドライアイになる地下鉄へ乗り換えた。
スマートフォンはいつも綿密に立てたスケジュールの通知で小刻みに震える。どうでもいい通知ばかりくる日曜の日暮れ。ここに来る途中に、サダハルアオキの小さな紙袋を持った人とすれ違った。あのカラフルなボンボンショコラが暖房でやわこくなった頃合い、私は谷中のことをまた思い出す。谷中に借りたCDと小説を返しそびれた。それは窓際の本棚できっと冷え切っているなと。でもどうしようもないことだった。
「完璧な病室」を読んでいて、ある時の私の弱さと姉さんの弱さが重なって、清潔に整えられた16階の病室で抱かれたのは、姉さんではなくて私であった。水泳選手のような胸の隆起に顔をつけて涙を流す。もう一度読み返そうとして、本棚を探したけれど見つからなかった。そういえば谷中に貸したまま、そのまま、私はアパートメントを離れた。
目覚めた時はまだ谷中の腕の中にいるはずだった。冷え切った手足を縮こめながら駅ナカのパン屋で買ったダージリンを飲む。渋みがやけに口に残る、絵筆を洗った後のようなホットティーを買うのに550円かかった。すぐさま通り過ぎる女たちの会話に耳寄せる。
「喉仏あたりまで迎えに行って、それからバスに乗ったの。同乗者は新入社員として団結したんだけど、みんな敵になっちゃった。それでも立ち行くの」
「お化けとかじゃないの」
「違うの、いいや、そうなのかもしれない」
白く塗装された壁に穴が空いている。そこから錆びて赤茶になった、かつては眩しく強さを誇っていた鉄骨が何もかもを諦めたようにして、小石と砂の塊に身を預けている。スマートフォンのシャッター音を聞くたびに体が硬直する谷中と、隙間風が途絶えることないアパートメントの一室に居た。滅んだ一過性の都市のように形骸化している部屋だった。横たわっていた私、かつての少女、女たち。塵と埃が層になって模様を見せ始めたドレッサーをスカートの裾で払いのける。女たち、かつての少女、つまり谷中は小さな椅子に座って、頬杖をついた。そしてこちらを見つめながらこういった。
「この部屋に残る暖かさが、誰のぬくもりであってほしかった?」
寝起きでうまく声が出ないし、質問の意図もよくわからなかったから窓の方をぼうっと見つめていた。電車の発車メロディーで引き戻される。欲していた温度とはなんだったのか。それは誰の肌のぬくもりだったのか。目を瞑って考える。風が鼓膜を震わせる、びゅうびゅうと後ろ髪だけ揺らしている。
例えば、谷中の書いた詩を読むとする。谷中が思い描いた人になりたいと願っても、それは確実に不可能な事で、誰しもが首を横に振るような情けない欲望だと、今背に広がる海が先ほど私に耳打ちした。そう、これは谷中のもつ痛みの深さ、私のもつ痛みの浅はかさ。あらゆる谷中と私、それから考えられるいくつかの可能性を、詩に逐一投影してみる事でしか消化できなかった。
谷中の詩を読んだときに胸騒ぎがしたこと。音韻はスピッカートのように読み手を追い詰めていく。地に足がつかない絶望と脊椎あたりの神経から何か冷たい風が吹き出して、右膝が痛んだ。途端にシャツの縫い目が気になり、両肩を上下して誤魔化そうとする。谷中は、2人の女性の声が一つになっていく様を最後に書き上げ、筆を折った。2時と8時の方向から同時に声が聞こえて、それは誰かを掛け合わせたような少女の顔となって、目前に横たわる。彼女に近づいて、鼻が唇に落とす影に身惚れていると、アパートメントにあるカビ臭い鳩時計が12時を知らせながら、意識を手元の原稿に戻させる。
その時は母親のように甘えられる存在が欲しくて、多少の問題はあれど、たとえば谷中のような人がスープを作ってくれればいいのにと考えていた。谷中の散文に時折私が出てくると、それに合わせて着替えてみたりもしたが、特に意味はなく、ただ、ドレッサーに映る刺繍入りのカーテンにほんの少し憧れただけであった。言葉が生まれる場所と谷中が寝食する一室に私がいて、向かい合ってスープを食べる。まだどこも暖かかった春の真昼に、住んでいたアパートメントは取り壊された。谷中の言葉はそうして失われ、紀伊國屋書店で買ったスープのレシピ本も2度と見る事はなかった。
連日、私の家の前で大きい声を出す男がいた。平たい皿を両手に一つずつ持ち、その上にあるはずのないピンクのケーキをのせていた。私は陶磁器などがぶつかり合う音が何よりも嫌いで、加えてピンク色のケーキに何一ついい思い出もなかったから、男が通り過ぎる時にはいつも部屋の窓を閉めて、灯りを消した。そして、以前使っていたスマートフォンを持って、掛け布団の中に引き篭もるのである。
2年前の録音データが出てきた。まだ何も言わずに鈴虫を追いかけていたころ、谷中は青い海で、または地下深くの落窪で、森で、あるいは浴槽で誰かの死について考えている。私は蛍光灯の下で、または高架下の騒音の中で、あるいはパチンコ屋の隣の駐車場で誰かの死について考えていた。
小学生の頃、通学路にあった大木の影で、水筒の氷を口に含んだことを思い出す。幹を闊歩する蟻の列を邪魔しないように樹皮に触れる時、彼女が座っていたパイプ椅子の背もたれを誰にも知られないように撫ぜる。たくましい根の上をスニーカーで追従するとき、谷中のインタビュー原稿の一文一文を私の言葉のように話した。そうして数年過ごしていたのに、谷中は、いずれ来る”おしまい”を目前の存在へとし、その日は2月7日、天気は曇りのち雪だった。その日はちょうどリップクリームを切らしていた。焦げたトーストが下唇の皮を引っ張る。血の滲んだ部分をコンシーラで隠して、その上から口紅を塗った。
2年前の録音データは、谷中がテキストを読み上げる短い音声だった。モノラルで録音された一本の声が、内臓スピーカーから、か細く流れ出した。
>(スマホから音声を流す 読み上げ:浜崎)
ひとつひとつ探す胸の隙間に人差し指を当てがって、自分の弱さを金管楽器の横長な音色に離して見たところで、二つの頂点だとか、三つの星座だとかに感ずる里も篠もいずれどうでも良くなる。肝心なのは、僕の指があなたに触れ、触れてそのまま許されずに昼ごはんを抜きにされることだけでいい。今は目をつむって、何も考えないでいて欲しいのは、僕の爪の形が程よいアーチではないからであると思う。
壁に寄り添って、そのままディスプレイの光が瞳孔とタップダンスすること、僕たちは神田にある妙な居酒屋でお湯割りのウィスキー、アコースティックギターの音色、リボン付きのバレエシューズ、なんでもかんでもグレイアッシュのコンタクトに押し込んでいた頃だよね。青い瞳の店員にはいつも苦笑いしてるくせに、その時だけ微笑んだんだ。あなたに怒っている。僕は別れ話が怖い。なぜかというと長押しして安否を確かめるだけの癖がついてしまったからだ。渋谷は雨、横浜も雨が降る。横浜で二ヶ月前に買ったクロワッサンがまだ冷蔵庫のスパイス棚に置き去りにされている。すぐさま来るはずの返信も冷蔵庫に押しつぶされて一向に姿を見せない始末だ。あなたが買ったマグカップが憎い。叶うなら全て6階のビルから順に落としてみたい。
あなたがそういうのに甘んじてる人だと知っている。隣の女たちの会話を聞くと頻繁にバニラと俺たちという単語が出てくるが、僕はその女たちがスニーカーなのが一番気になった。もう会わないと言ったら許してくれるのか。
僕に送る言葉の全て、ひとつひとつがやけに優しい刃渡りで甘く刺してくる。無双する。あなたがこれから口にする言葉全て僕のためのものだったらどれほど良いか。そこはダースじゃなくて奇数個でいい。あの女と一括りにしないで。僕はう、フン、鼻で息をする、急に次第をかけて、「私もどうかしてる」だなんて言わないで。ギターのトレモロが響くと感傷的になって思わないことまで口走る。隣の男の歯軋りに笑う女が憎い、憎くてたまらない、不愉快な飲みこみと歯茎、何も可哀想じゃない。
ダウン、アップ、ダウン。場所はアップテンポな音楽が鳴り響く2階、奥の方の席だ。ハイハットの音が心拍より速くて、そのことばかり考えていた。ふと名前を呼ばれる、そう、谷中の声だった。うん、と返事をする。返事をしてそれきり押し黙る。食べたのは、海面下で青く光る魚たちのカルパッチョ、ケールと胡桃のサラダ、甘塩っぱく煮込まれた蛸だった。隣の席には若い女たちが、火花が散るバースデーケーキと一緒に写真を撮っている。誕生日を祝う歌が聞こえ、あまりに素直で美しい時間だったから思わず目を閉じてしまった。目を開ければ知らない誰かがいる。知らないといいながら知ったふりをしている。地に足をつけているのに、歩くときに決して地面を見たりなんかしなくて、いつも三歩先を見つめるひとのことを寂しく思って目を開ける。隣の席の女たちはもういなくて、2人がけのテーブルの上にはHappy birthdayとチョコペンで書かれたプレートのみが置き去りのままだった。まるで逃亡した後のように。谷中は食後にハーブティーを飲みながらこのようなことを話して、化粧直しに席を立った。
「歩いていて、ふと不安な気持ちなる。なぜ私は自分自身の家の場所を疑いもしないのか。見知らぬ違う駅で降りて、無意識のまま歩いていたら、そしたらまだ見ぬ本当の家に辿り着けるのかもしれないと。誰も、父も母もいない私だけの場所、すべての誘惑が手を伸ばせない私だけの本当の家。昨晩、歩き慣れた道に立ち尽くしていた。コンクリートが削れていて、ヒールが何度も引っ掛かる度に靴が脱げるあの道で、歩いていられなくなって立ち尽くしていたの。
バレエをする少女のように外股で歩こうとしても、足首の擦れが気になって何歩か進んですぐ立ち止まる。鼠色のキャップを被った男がすれ違いざまに私の顔を覗き込むの。いいや、そんなことはどうでもいい。時々、自宅にいてもここが本当に自分の家なのか確証が持てない時がある。楓の落ち葉が街頭に照らされて、鼠の死骸に見えた」
「やめようこの話、眠いと潜在意識にあるトラウマが立ち上がる。好きだった/好きじゃなかった、人として/その人にある父性が?/結局何が好きなの?そういう中途半端な疑問が浮かんでくる。思ってもみなかった言葉が肌を掠める。無意識のうちに言葉によって傷つけられて、回復させる、この終わりのない円環、原風景。原風景って、私にとっての原風景って家ぐらいしか思いつかない」
谷中からの最後のメッセージを読み返す。何ヶ月も同じ言葉を繰り返して、もう一年が経とうとしている。
先日、野毛の道端で鼠の死骸を見た。翌日には自転車に轢かれてしまっていて、臭気を放つ塊へと変化していた。その時はきっと、谷中はなぜ家に帰るのかという疑問に立ち尽くしていた時だと思う。谷中が帰路に着く足取りが想像できなくて電話をかけたが、呼び出し音が鳴り続けるだけだった。
いくつかの日記、谷中が生きてきた日々の断片を以前、読ませてもらったことがある。新しく出会った人のことをメモしていて、名前の隣に好きな映画、出身、喋り方と身振りの癖、どのように笑うのかが細かく記載してあった。加えて、何を食べたのかも。
一緒に食事をした1月27日から10日、谷中は何を考えて過ごしていたのか。私たちは谷中に会いたくて、こうして回想を続ける。残されてしまった断片を繋ぎ合わせて、一つの詩として谷中の話をする。