2026.04.12
腐敗臭によって私はアイデンティファイされる
まともに日記も書けていないまま4月も半ばに差し掛かり、暴風雨の翌日の晴れ模様に心身ともに柔らかく疲労させられた1日であった。ああ夏がやってくると身をもって感ぜられた。そう、私が一番嫌いな夏で来る。
自分の———が近づくにつれて出現する発作的な———に数年悩まされてきた。決して親以外の誰からも祝われることのなかった———というのを、自分でも喜べなくなったのはいつからなのか。後4ヶ月と少しでその日を迎えてしまうのを前に、また、今年のその日は、———を終えてしまったというなんとも言い難い負の遺産を感じてしまうだろうと、こんな深夜から想像する。
誰からも尊重されていないと、本当なのか虚偽なのかわからないようなことを己の心身で感じ始めるようになってしまったのはいつからなのか。そばにいる人の優しい言葉すら逐一疑う私を、誰も愛せるはずがなかった。朝から昼にかけて細切れに自殺学について扱った動画を見たが、自殺学を研究しているその人の瞳の奥に、深い絶望と心の断絶を経てきた光があった。それは、彼自身が言っていたストレスコーピングしての徹夜のゲーム、ブルーライトに照らされた眼球の四角い反射光を見ているのかもしれなかった。メタ的な自分と希死念慮に没入する自分の両方を反復横跳びのように何かの合図に強制されて移り行く瞬間を知っている人だと、それは私も知っている痛みなのだと、失礼ながら、似た痛みの所在感を意識させられたのであった。
自分が使った食事を生ゴミとして捨てる気分がわかり、母にとても申し訳ないと思った。今私の隣にあるゴミ箱から発酵した生ゴミの匂いがして、その匂いの原因は、私が数時間前に捨てた、数日前に作った食事なのである。食べるかどうするか、冷蔵庫から取り出して悩んだけれども、最近食後に胃が膨らんでミチミチと音を立てるように伸びていくのが想像できて嫌になり、結局捨てたのだ。今思えば食材にも申し訳ないし、でもそれは私が———という野菜をあまり味を想像しないまま二袋も買って、洗って茹でて、適当な味付けをしてしまったという、その行為自体を反省すべきで、今更何をどうしろとも何も言えないのである。眠れないので、この生ゴミの匂いを嗅ぐことで、自分に罪の意識を持たせている。こんなバカバカしくキッチンで涙を流す私がいる。———は何も知らずに———と寝息を立てている。もちらん何も言っていないのだから、何も知らなくて当然である。私はこのように意味のわからないような神経質さを持っていて、この生ゴミの匂いで自分の妙な神経質さを理解しようと、キッチンの床に座って日記を書きつけているのである。なんだこの時間はと思うけれども、今私のストレスコーピングはきっとこれなのである。結局、私は何かしらの内省を通してテキストを書くことでしか生きられなくて、それは自分が捨てた自分で作った食事の腐敗した臭いを嗅ぐようにしか、解決できないのである。
私は最低な———で最低な———だと毎日思いながら、道を歩く。きっとすれ違った人からすれば、最低な———で、最低な———なのである。誰にとって私は良い人間なのだろうか。自分にとって良い人間であればいいだけの話なのに、それができないのはなぜなのか。———不思議な確信を持っている。別にもうそれでいいと思ってしまう。最低な———が、最低のままこうして生ゴミの匂いを嗅いで夜を凌いでいる。いなくなってしまいたい夜をこうして生き延びる。